髭失格(1)

髭失格

我々は今ここに一篇の叙事詩を献上するものである。
それは鐘楼からたなびく音色のように、八重に十重に響き共振するに違いないのだ。

第一章 強奪

「お客様、1713号室のキーでございます。」
「ありがとう」と言って、私はTRX2700型が差し出したカードを受け取った。
フロントのダウンライトの下で、薄いプラスティックのカードに打ち込まれた1713という番号を確認すると、TRX2700に質問してみたくなった。
「ここに来てどれくらい?」
「私ですか。今年で4年になります。新しい機種がすぐに出るものですから、私もずいぶん旧型になってしまいました。」
「何年製?見たところ2025年製、って感じがするけど。」
「お詳しいですね。」
「仕事だからね。AIを制御するチップとか基盤を作ってるから。」
「さようでございましたか。私は2024年製です。ところでお客様、お荷物は部屋までお届けいたしましょうか?」
「うん、頼むよ。」
TRX2700が、カウンターテープルに内蔵された液晶パネルに触れると、テーブルの端の扉が音もなく開いた。
その奥から、私の腰くらいの高さのロボットがこちらに向かってするすると移動してきた。
そしてキュイーンとかすかな音がすると、小さなロボットの下からトレーが出てきた。
そこに私がスーツケースを置くと、今度はレバーが左右から伸びてきて、荷物を固定した。
TRX2700が言った。
「お客様、お荷物の運搬が完了しましたら、CF3-Iの前面にございます赤いボタンを押してください。自動的にCF3-Iはフロントまで戻るようになっております。」
「わかったよ。ありがとう。」
私は後ろにこのCF3-Iを従えたような按配になりながら、17階の部屋に向かった。

風呂で熱いシャワーを浴びてさっぱりすると、すぐパジャマに着替えた。
私は営業職で、二月に一度くらい出張がある。
就職したばかりのころは慣れなかったが、それからすでに20年以上も経ってしまった今、どこに泊まろうが決まった過ごし方になっている。
スーツケースを開けて小さなウィスキーの瓶と、鈍い銀色のシェラカップを取り出した。
ウィスキーをほんの少しカップに注ぐ。
テレビのスイッチを入れるとバラエティショウをやっていて、タレントが大笑いしている。
毒にも薬にもなららない類の番組だが、疲れている身にはそれがちょうどよかった。
他の局では何をやっているだろうか、そう思ってリモコンに手を伸ばしたときだった。

ギイイイイイイイッ、パキッ

背後で音がした。

振り向くと長身痩躯の男が立っていて、私を見下ろしていた。
カウボーイのような帽子の下では髪が肩まで伸びており、デニムのジャケットの下は皮のズボンに金具のついたブーツを履いている。
昔観た「荒野の7人」みたいだ、と私はとっさに思った。
いや、「夕陽のガンマン」だったっけ。
そうじゃない、そんなことを考えている場合ではない。
窓ガラスを切って外から入ってきたということなのだろう、夕陽のガンマンはきれいな四角形になったガラスをことん、と床に置いた。
突然の闖入者を前に、私はシェラカップの中身をこぼした。

「い、一体なんで入ってきた?なんなんだ?」
声がうわずっているのが自分でもわかる。
「ちょっとあんたに用があるんでね。正確に言えば、俺はあんたに用があるんじゃない。あんたの髭だよ。」
「髭?!」
「そう。その髭、剃らせてもらうよ。おとなしくしていればすぐに済む。たいしたことじゃないだろ?」
強盗だろうか、いや間違いなくそうだろう。
「冗談じゃない、出て行ってくれ!金なんてたいして持ってないんだ!」
「金?なに言ってるんだよ。俺はあんたにもあんたの金にも用はないんだ。髭をよこせ。」
私のうわずった声とは違って、男のそれはいやに落ち着いた、押し殺したような声だった。
夕陽のガンマンはズボンの後ろポケットから、床屋でよく見る髭そりを取り出し、ゆっくりこちらに近づいてきた。

私は武道を習っていた。
それでも、この大男とやりあうのは、気が進まなかった。
明日回らなければならない7件の取引先のこととか、そのうちの3社には基盤が起こした不具合のことで謝らなければならないこととか、目下の状況には関係のないことが次々に浮かんでは消えた。
次の一刹那、夕陽のガンマンが右手で私の左肩をつかんだ。
私の喉の下に男の腕があり、そのまま私は壁に押し付けられた。
「おとなしくすればすぐだって言っただろ?」
フロントを呼びたい、と私は思った。
あのTRX2700には、エマージェンシープログラムが入っているはずなのだ。
それだけではない、このホテルにはしっかりした緊急の備えがあるはずだ。
けれども今そんな悠長なことはできなかった。
私は腹をくくった。

一瞬身を横へずらし、左手で男のあごへ下からパンチをあてた。
私を押さえつけていた手が少し緩んだので、さらに右手で男の脇腹めがけて殴りつけた。
ぐふうっ、と男はうめいたが、こちらが期待したようなダメージにはならなかったらしく、髭剃りをポケットにしまいながら本格的につかみかかってきた。

「髭をよこせ!」
「嫌だ!!」
「髭っ!」
「ダメっ!!」

ガンマンは私を両手で押さえつけると、膝で私の腹を蹴った。
目がくらくらしてくる。
息が詰まる。

もう一度同じように蹴ろうとしたので、私は前かがみになり、その膝を両手で抱えこんだ。
私と男は重心を失い、互いに体がもつれた。

あっ!
そう思ったとき、すでに遅かった。

夕陽のガンマンが穴を開けた窓に激突し、ガラス片といっしょに私たちは落ちた。

うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

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