夢枕獏「北斗旗の印象と格闘技界」
夢枕獏特別インタビュー「北斗旗の印象と格闘技界」(2006年5月20日、愛知県体育館)
聞き手:松原隆一郎
テープ起こし:西村知子(わかどり一号)
北斗旗観戦:昔と今
--本日、北斗旗が愛知県体育館で開催されました。夢枕獏先生は毎年、お忙しい中、仙台まで観戦にご足労いただいています。ご著書の『群狼の旗』は1990年前後に大道塾で活躍した長田支部長や市原選手の物語でしたし、『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』はビジネスマンクラスを題材にし、NHKでテレビ化もされた作品です。今日はちょうど名古屋で講演会があるということで、また武道館にまで足を運んでいただきました。いまちょうど、優勝者に記念品の贈呈と祝辞を終えられたところです。
せっかくですので、他の格闘技も二十年来生で見続けているお立場から、ご感想をうかがいましょう。今日は北斗旗を午後からご覧いただいたんですけど、今日の北斗旗についての感想はいかがでしょうか。
獏 :えーっとね、僕は昼をまわったあたりから来て見てたんですけど、最初は誰と誰が試合してるかが全然分からなくてねえ。まあ、パンフレットを見ながら誰が勝って負けてってのをやってる間にだんだん色んなことをわかってきて。
--最近はあまりお見えいただいてなかったでしたっけ。
獏 :いや俺はわりと来てますよ。年に1回はどっちかは必ず来てるんですけど。
--今年は世界大会の翌年ということで、選手が半分くらい入れ替わってますからね。
獏 :そうだよねえ。だから、もう僕が見てたというか一番足を運んでいた時期の選手っていうのは、みんなもう審判をやっている。長田選手もね、それから加藤、飯村、山田、みんな旗を持って。なんかちょっとさみしいですけどね。
--でも西出選手なんて市原さんと闘ったような90年代前半の選手なのに、今日は復活の試合をして決勝まで行ってましたよ(笑)
獏 :あっはっはっは(笑)
--大道塾歴20年ってパンフに書いてある…
獏 :彼は40?39?ちょうど加藤選手が40、
--まだ30代じゃなかったでしたっけ?こないだ新日本キックで大野信一郎選手がチャンピオンになられたんですけど、加藤さんは38の同い歳だから励まされたって仰っていましたよ。
獏 :年内で40かな?
--牧野さんや市原さんあたりがみんな同じ世代ですね。牧野さんは大怪我したのに今年は関東大会に参加されました。
獏 :で、長田選手が42。
--大変なことですねえ。24とかで引退していたのを獏さんが小田原に呼び出して、船宿で刺身を食べながら試合するように説得したのが昨日みたいですね。
獏 :あはは(笑)。本来言えば、本当は西出みたいな選手が優勝したりトップに来るっていうことはやっぱり若手がだらしがないっていえばだらしがないはずなんだけど、俺は嬉しいんだよね。
--僕もまた試合しようかなとか思っちゃいますね。でも50はさすがに無理かしら(笑)。で、試合の内容はどうでしたか?
獏 :内容的には、ここ数年もうそういう状況にあると思うんですけど、もうどうしようもないっていう試合はないですよね。例えば寝技にしても、前は打撃は出来るけど寝技は全然出来ませんみたいな選手も何人かはいたんですけど、ここ数年そういう人たちはいないですね。寝技やらないならやらないで、対策立てて来てますね。
--抱きついたりとか、足を絡めたりとか。
獏 :ええ。やっぱりルール変えた当初はねえ、なかなかまだやる方も慣れなかったと思うんだけど、成熟した競技になったんじゃないですかね、これで。
--しかし長田さんとか加藤さんの頃と比べて、どうですか。見てる側として楽しさとかは。
獏 :いや俺はねえ、やっぱりあの頃の方が楽しかったかなあ。今のルールであの頃の選手がやってくれるといいねえ。
--うーん、たしかに選手にあそこまでの個性がないですね。みんな我が強かったというか。アマのくせにプロ意識っていうかな、プロの選手とやっても絶対に負けないぞっていう。
獏 :あの頃は他流派ももっとたくさん参加していて、他流派がいろんなスタイル持ってたんで、それにどういう風に大道塾の方で対処するか、大道塾側の選手が倒していくかとかね。それが楽しかったんだけど。今もうほとんどスタイルは似ちゃってますね、だいたい。
--おそらくあの頃って、柔道が始まった初期の頃の講道館柔道みたいな状態だったんじゃないですかねえ。警視庁なんかで柔術対講道館みたいな他流試合をやっていますよね。ところがその後、講道館の中だけで試合が成立するようになると、柔道と他流派との試合は禁止されていったじゃないですか。空道も道衣を他流派にも同じものを求めるようになったし、鍋島選手みたいに黒の道衣はもう見られないでしょう。大道塾の空道がちょうど柔道への道を歩もうとしつつあるんでしょうね。
獏 :そうだね。だからもうちょっとみんなが誰も思いつかないようなことをね――例えば藤松なんかはちょっと新しかったっていうか、古武道的なっていうの?実は何をやってるかっていうのは、よくわかんないんだけど、藤松は自分で何をやってるかよく分かってるとは思うんだけどね――自分だけのスタイルみたいなものを、このルールの中でどんどん出していって欲しいですね。
今大会で目に止まった選手たち
--今日見た選手はどうでしたか?
獏 :小野がね、優勝して良かったなあと思うんですけど。まあシルエットだけで動くのを見てるとね、飯村選手がやってるのかなと思うよ。構え方とか膝の出し方とかもよく似ててね。
--彼ももう優勝のチャンスを5年くらいずっと逃してますからね。
獏 :そうだよね、いつもいいところまで行って、勝ってる試合も旗の判定でちょっとねえ。
--去年は笹沢に負けたし、世界大会では反則のヒールホールドをかまされたのに続行して負けちゃったし。小野選手はそういう打撃をとるのか組み技や寝技をとるのかという価値判断の論争に巻き込まれて損してる部分もありますからね。
獏 :ルールだけじゃなくてね、裁く方の審判もまだよく分からなくて、感覚で判定をやってたようなところがありましたね。前は。
--小野選手はうちの息子も習ってる先生なんで、勝ってもらって良かったです。
獏 :習ってんの?
--吉祥寺支部の少年部でお世話になってるんで。八王子で子供が大会をするのにわざわざ来てくれますしね。さっきお祝い言いに行ったら優勝したからちゃんと尊敬するように息子に伝えてくれって言われましたよ。「先輩が日本一になった」って伝えなきゃなあ。で、他の選手はどうですか。
獏 :他はね、パラエストラの選手が目立ったかな。
--ああ、鶴屋選手たち。お弟子さんを引き連れて来て下さいましたね。
獏 :かなりみんないいところまで勝ち進んだな(軽量級の扇久保選手は優勝の平安選手を延長まで追いつめ、重量級の栗栖選手も優勝した佐々木選手と準決勝を争った)。
--3人ともに強かったですねえ。
獏 :特にあの鶴屋選手なんてのはもう自分のスタイルもう決めてねえ。寝技に持ち込んで、それでこうやっていうそれで勝ち上がって来れるっていうのはね、やっぱり相当実力があるんですね。
--そうですね。やっぱり面付けてるせいかちょっとスタミナをなくしちゃったけど、それがなかったら佐々木もやばかったです。二回戦なんて秒殺だったし、大道塾選手よりもよくこのルールを理解していましたね。
獏 :ブラジリアン柔術のムンジアル(最高峰の世界大会)では茶帯クラスで優勝でしたよね。
--ええ、大したもんです。
獏 :茶帯レーヴィ級で。
--他の2人の選手も結構パンチが強かったですね。ダウンをとったり、大道塾側が打撃で押されたところもありました。「打撃の大道塾vs寝技のパラエストラ」のはずだったのに・・・
獏 :打撃をやってもそこそこ当ててましたねえ。もともとパラエストラっていえば修斗も教えてるとこなんで、基本的に打撃も寝技もやるということなんだろうね。
--修斗の薄手のグローブはほとんど拳サポと変わらないので、素面でやってるからむしろ面を着けてのパンチ怖くないんじゃないかなと思うんですよ。もうほとんど大道塾と変わらないですよね、レベルが。扇久保選手なんて19歳ですよ。
獏 :おそらくジャケットがあるかないかの差ぐらいでしょう、総合としては。ジャケットに関しては柔術やる時には着てるんで、基本的なところは(彼らの得意と)あまり変わらないんじゃないですか。
--最近はあまり他流派出てきてくれないんで、ああやって出てきてくれて嬉しいですよね。大会が盛り上がりますし。
獏 :今回は呼んだんですか。それとも向こうから?
--いえいえ呼んでないですよ。鶴屋選手は以前には常連だったし、修斗を引退したのでアマでもういちど力を確認しようということじゃないですか。
--さて、他には誰か目立った選手いましたか。
獏 :コノネンコが目立ったというか、お馴染みなんですけど・・・
--1回戦の調子も悪かったみたいでしたよ。2003年みたいに絶好調のときは、達人そのもので全試合秒殺でしたから。
獏 :足怪を我したってさっき聞いたんだけど。
--試合中に突然片足を引きずり始めて・・・
獏 :もったいなかったよね。いつもコンディションとか色んなもののバランスがよい選手でね。
--いつもは良いんですけどねえ。彼も歳を重ねてるから、怪我が増えたのかなあ。
獏 :珍しい事件ですよね。あと誰だろうなあ。名前が出てこないなあ。巻!巻は良かったですね。決勝まで行って。
--途中は延長延長でしたから、決勝はあっけなかったですけど。
獏 :ボディかなんかに、何が入ったんだろ。急にうずくまって。
--前蹴りが入ったんじゃないですか。
獏 :前蹴りが入っても、普通前蹴りが当たるぐらいじゃうずくまったりしないでしょ。息抜いてる時に当たったのかな。
--おそらく、その前の試合で肋骨でも痛めたんじゃないかしら。確かにあんなに簡単に決まることはないですよね。
獏 :それまで巻は良かったので、ボディでいっちゃったっていうのは、僕はちょっと残念ですね。
--それくらいですか。北斗旗は。
来賓の祝辞
獏 :あと最後の挨拶が、俺どうも恥ずかしくて(笑)喋るのは苦手なんで。前に出て賞品を渡すだけならいいんだけど。
--じゃあ活字を読み上げることにしますか(笑)
獏 :原稿を書くと時間が厳しいんでねえ。出来れば前でおとなしく立ってて、終わったらそのまま喋らずに降りるのが理想なんだけど。
--じゃあ、握手だけする係りということで。
獏 :最初の頃はね、しゃべることを考えてたんだけど、毎回同じこと言うのもなあっていう気持ちが働いちゃってね。ほとんどあの、原稿で言うとネタを使い果たした状態です。ここでの挨拶は。
--20年間毎年同じことをずっと言い続けるって、結構大変ですからね。
獏 :だからネタがないときには困るんだよ。
--これから3年間は、「3年後の世界大会に向けて」、「2年後の世界大会に向けて」と毎年カウントダウンでやって、次は「世界大会の次の年です」からって枕を振って。
獏 :それで俺は2、3年しのいだことがあったんだよな(笑)なんとかなんないですかねえ。
格闘技界について
--ではせっかくですから、話を変えましょう。格闘技一般というと、最近はどちらに一番関心がありますか。
獏 :総合ですかね。K1よりは総合に目が向いてるかもしれないですね。今は。
--総合はPRIDEとか武士道レベルまでのですか?他に何かご覧になってます?
獏 :PRIDE、武士道、それから修斗、ZSTとか。定期的にっていうのはPRIDEですよね。持ち時間に限りがあるんで、できれば約束された有名な選手が必ず出るPRIDEとかHERO‘Sとかああいうのに結局行っちゃうんですよね。昔はパンクラスから修斗からもうDEEPから何から何まで俺はちゃんと抑えてたんだけど。
--これだけ小粒な大会が沢山出てくると、なかなか全部は通えませんね。
獏 :もう月に3回くらいなんですよ。格闘技を生で観戦できるのは。
--前は10回行ってらっしゃったじゃないですか。僕もそのうち二回はご一緒した気がしますが。
獏 :10回は行ってないよお。
--あれ、そうですか?
獏 :10回って月に10日だよ10日(笑)10日東京に出てどうするんだよ。3回だよ、だいたい。
--3回ペースは変わらないんですか?
獏 :3回ないし4回ですね
--私、いま週3で稽古してるんですけど(笑)
獏 :稽古はそりゃまたちょっと違うんじゃないですか(笑)。まあ一番今、気持ち的に面白いのはPRIDEかもしれないですね。
--PRIDEがおもしろい。日本人がらみじゃなくても?
獏 :まあ日本人かなあ。この前で言うと僕は高阪の試合が一番、マークハントとやったやつね。
--あれは観に行っておられたんですか。
獏 :残念なことに別のところで仕事してて、ビデオを家の者に録ってもらってね、何度も家に電話をして、帰ってすぐにビデオを見ました。あれは良かったですね。俺は高阪好きだったんで。昔、トーナメントオブJというのに出てね。
--ああ、うちの山崎が出たり、郷野が出たり、アマなのにすごい大会でした。
獏 :で、優勝したんだよね。その時にイーゲン井上とやって勝ってんだよね。イーゲンがね、柔術の選手だったんで、てっきり勝つのかなと思ってたんだけど。
--高阪は柔道選手としても強かったらしいですからね。
獏 :その大会でも、勝って「うわあ、すごいな」と。
--彼、近大福山から近大ですからね。強いですよ。
獏 :それからですよね。高阪すごいなと思うようになったのは
--メンツが揃ってましたからね。
獏 :菊田もいたり。
--大道塾の初期のチャンピオンだった西さんが開いた大会でしたね。プロレスラーの村上和成までいた。
獏 :息長いね。みんな
--みんな好きなんですねえ。じゃあやっぱり、総合のそのあたりが今は一番面白いと。
獏 :そうだね、あとはK1とかも、MAXの方が間違いなく面白いね。
--それはそうですね。今日、佐藤嘉洋選手が北斗旗を見に来てたらしいですよ。
獏 :ああそう!どこにいたんだろ?
--コノネンコを観に来たって。怪我で残念でしたけど。あと、小野のテンカオを褒めていたらしいです。
獏 :今度ぜひ小比類巻と佐藤がやるのを生で観たいですね。
--おもしろそうですね。K1はもうあまり前の席取れないから、ご一緒しなくなりましたね。
獏 :K1はねえ。でもMAXはそんなに大きい会場でやらないんで、値段的には真ん中あたりの値段のチケットを買えば、まあまあ腹が立たない距離で見られますよ。
--HEROSとかは今チケットは手に入るんですか?
獏 :家にいつも来るんですよ。K1とHERO‘Sのあのチケットをいくらの席といくらの席っていう案内が。それで「じゃあいくらの席お願いします」って。
--そうなんですか。僕は最近はとんとご無沙汰なんで。チケット事情は分かっていなかったです。
獏 :今手に入らないのは落語ですよ。落語は初日に電話かけても手に入らないんだから。
--そうですか。談志だけじゃなくてですか?志らくがゴールド・チケットだって聞きますね。
獏 :談志は手に入らなかったねえ。それは裏から手を回して。5月30日は談志と志の輔、2人会を見に行くんです。
--なんのインタビューしてんだかよくわかくなってますが(笑)、昨今のエンタテイメント事情ということで。
獏 :落語と比べるのもアレなんだけど(笑)まあ格闘技のチケットはね、初日か2日目ちゃんとやれば手に入りますよ。
――そうなんですか。空道も、そんな風にお客が入るようになってほしいものです。まあ、のんびりやっていますが、それでも鶴屋選手と佐々木選手の試合はさすがに「北斗旗流出か」っていうんで盛り上がりました。今後も、選手には地味でもプロが唸る試合をしていただきたいですね。今日はお忙しいところを、どうもありがとうございました。
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