第51話:1級をかけた戦い(後編)

門間理良の黒帯への階段

 私の相手は、緑帯(4級)のYさんだった。
 
 私よりは体力指数的にはやや小さいと思われるが年齢がかなり若そうに見えたので、
ビジネスマン体力指数に直すとほぼ同等か。

 このとき私が考えた組手は次のようなものだった。

1)この組手の目標は勝つことである。
2)勝利を確実にするには、ポイントを奪う必要がある。
3)ポイントを奪うためにはどうするのか? 相手を倒して極めることである。
4)そのためには、自分は立ったまま相手を転がしていることが重要である。

 空道としては、ばかばかしいくらいに当たり前のことを書いているだけで申し訳ないくらいだが、
明確な勝利へのイメージを組手前につくることができたのは大きかった。

 だが、そのイメージも突然湧いて出てきたわけではない。

 まず、中島先輩との対戦である。このときは投げることができたのに、自分も転んだために、そこで止められてしまったという反省がある。

 次に、ヒントになったのは伊東先輩の基本ルールの組手である。

 このとき伊東先輩は相手の足を払って転ばそうとしていた。これは転ばして極めのアクションで効果を取る作戦であることは明白である。

 ただ、先輩はこの時点で体力を消耗していてそれを実行できなかった。

 私は、第1戦、第2戦でのダメージもなく、休息が取れていて体力が回復していたこと、気力が充実していたことがあり、1分間の戦いなら問題ないという計算があった。

 なお、3)に挙げた効果をとる方法は、人によってさまざまだと思う。

 たとえば、打撃連打でポイントをとるという手もある。だが、私にはその自信がなかった。

 具体的な不安は間合いを制御しきれずにパンチの打ち合いになってしまう可能性があり、それは避けたかった。

 もっとも安全にポイントをとる方法が、私にとっては「転ばして極める」だったのである。

 私は道場正面を背に戦うことになった。審判は第1戦同様、黒木先輩だ。

 組手が始まった!

 はじめから転ばそうとしてもそれは無理だろうから、まずはパンチだ。

 少しやりあったところで、堀越さんから

「距離が近いですよ!」

のアドバイスが飛んだ。

 いつもよりは落ち着いているつもりだったのだが、やはり緊張していたのだ。だが、この一言で冷静さを少し取り戻すことができた。

 それとともに、相手のパンチもそれなりに避けることができるようになり、「行ける!」という思いが強くなった。

 格闘ルールなので、基本ルールと異なり、足を払う際に道衣をつかむことも許される。

 パンチで牽制しつつ踏み込み、相手に組み付いて思い切り足払いをかけると、これが見事に決まった。

 
「極めろ~!」

の大声援が聞こえた。

 もちろん!

 最初からそういう作戦だったのだ。

 すぐに極めて、さらに踏みつけのアクションも加えた!!

 これでポイントゲット!

 俄然勝利に近づいた。

 元に戻ってYさんを見ると、肩で息をしている。足に来ている印象も得られたので、もう一度行けるなという確信を抱いた。

 すぐに踏み込んでいった。相手が回っていくのに合わせて追いかけて組み付いた。

 組む過程で今度は首相撲の体勢になった。

 この体勢への移行は意図的ではなかったものの、自分が腰を引いて相手との間に空間を作り、膝蹴りをボディにかましていくという、松原先輩に教わったやり方が、すぐに頭に思い浮かび、即実行!

 これもかなり効果的だった。そして、もう一度足を払った。

 Yさんが転ぶときに太鼓に接触して「ドン」という音が響く。

 ここでも極めのアクションを取った(踏みつけまではできなかった)。

 ここで「待て」となり、中央に戻されたが10秒程度でタイムアップ。

 個人的印象としては「完全勝利!」。ダメージもほとんどない。

 これで1勝2敗だ。

 昇級審査は必ずしも勝ちを要求されるものではないが、1級はいただける内容だったと確信した。

 一通りの組手が終わり、東先生より発表があった。

 黒帯審査の先輩方は全員昇段! 

 東先生から「毎回こうだと、発表するほうも嬉しい」とのおことばがあったが、その気持ちは本当に良くわかる。

 私も先輩方の昇段は自分のことのように嬉しい。

 さくらでのお酒も、ことのほかおいしく感じられた夜だった。