髭失格(7)クルシミマス

生物だと思ったそれは、しばらくしてもピクリとも動かなかった。

 恐る恐る手を伸ばし、ヒロはそっと箱を自分の方へと引き寄せた。どうやら毛むくじゃらは生物にしては厚みがなく、単に毛むくじゃらなだけの無機物のようであった。安心してそれを手に引き揚げたヒロの表情は、改めて確信を帯びた表情へと変わっていった。なぜならば、毛むくじゃらでありながら、その形状はちょうど顎から耳にかけてぶらさがるようなものだったからである。やはりこれは宇宙との通信機だ。どこかにイヤホン部とマイク部があるに違いない。

 と、そのとき遠くで玄関のドアに鍵を差し込む音が聞こえた。ヒロは慌てて通信機を手に取ると箱だけを元の場所に戻し、気づかれないようにすべて元通りに寝室を出た。すでに玄関のドアが開けられようとしていたが、ヒロはそっとドアを閉め、猫のように素早く物音を立てずに自分の部屋へと駆け込んだ。
 一時をおいて人影がそっと家の中へ侵入してきた。てっきり両親だと思っていたヒロは当惑した。擦るような足音は廊下を通り過ぎ、そして両親の寝室へと入っていく気配がした。ヒロはしばらく自室で静かにしていたが、意を決して部屋を出ると、両親の寝室へと近づいた。寝室からは、声が聞こえてきた。聞き慣れた両親の声である。よほど慌てているのか、ドアが少し開いている。

「ねえ、貴方、変なのよ。洗面台に隠してあったアレが無くなっているのよ」
「なんだって、そいつは困った。今晩の作戦決行に支障が出るな・・・」
「大丈夫よ、眠っていたら貴方の姿は見られないわ」
「それもそうだが、どうしたのだろう。もしやアイツにばれたのでは!?」
「だとすれば、もう仕方がないわよね・・・」

ヒロは残酷な現実を受け止めなくてはならなかった。母の冷淡な、”仕方がない”という言葉が痛く耳に残った。おおかた予想はしていたが、いよいよその時が来てしまった。両親は帰宅すると玄関から寝室に直行し、何かを同じ場所に隠そうとして、通信機が無くなっていることに気がついたのだろう。こうなったら、自分も知らぬふりをするしかない。ヒロは自室に戻り、両親がリビングルームに移動するのを待ってから出て行って、「お帰り!」と明るく挨拶した。そして、いつものように夕食を食べ、テレビを見ては笑ったりして、無邪気にふるまった。世間の大人達はしらばくれているが、今晩はいつもとは街の雰囲気が違う。可哀想だが友人たちの面倒までは見ていられない。ヒロは不自然ではない時間に部屋に戻り、その時に備えることにした。

 とにかく今晩はベッドの中で眠らずに一晩をやり過ごそう。部屋に戻ったヒロは、通信機と、護身のために用意しておいた金属製のバットを手にしてベッドへと潜り込んだ。が、ふと思い出したかのようにベッドを出ると本棚から急いで聖書を取り出し、他にも役に立ちそうなものを脇に抱えてから再びベッドに上がり込んだ。電気を消した暗い部屋に静けさが響き渡る。ヒロはおもむろに通信機を耳につけると、掛布団をガバッと顔までかぶって息を潜めた。右手には、金属バット。左手には、イエスキリストの福音書である新約聖書。そして、顎には神々と交信できる神具のような通信機だ。これほど最強な状態は無い、とヒロには思われた。やつらの交信を傍受し、もしエイリアンどもが侵入して来ようものならば、十分に引きつけておいてから布団を投げかぶせ、そのまま布団の上から一気に殴り殺してやる・・・。

「さあ、そろそろ始めようか」
「そうね、あの子にとっては初めてのクリスマスプレゼントね。きっと喜ぶわ」
「今までは家計が大変だったからね。君にも苦労をかけた」
「ふふふ、あなたのサンタクロース姿、似合っているわよ」

何も知らない幸せな夫婦は、手をとり合って来たるべき時のためにヒロの部屋へつづく廊下の歩を進めた。

静かな寝息を確認した夫婦は、子供部屋の灯りをそっとつけた。足音をしのばせて息子のベッドへと近づいた夫婦は、いとしい我が子の寝顔を一目見ようと、掛布団をめくろうとした。次の瞬間、二人は飛びのく間もなく、顔を引きつらせて、その場に凍りついた。

「こ、この子は一体!?」

「・・・・・・・・・。」

そこには、ヘルメットをかぶって金属バットと聖書を抱え、サンタクロースの白髭をたくわえた子供がすやすやと眠っていた。

温かい溜息が二人から洩れた。
幼き心は、暇でも退屈することはない。
馬鹿馬鹿しい闘いに挑むには、時間などいくらあっても足りないのだ。

「この子もいつか私のように髭をはやしたら、こんな人相になるのかな。」

父の声を最後に、ヒロは我に返った。

“MERRY CHRISTMAS”

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