髭失格(6)神々との交信者

精霊たちに導かれるまま、開いた門に足を踏み入れたヒロの脳裏に突然、過去の記憶が飛び込んできた。それは幼少時代の記憶であった。

 10代のヒロは、見た目は普通の子供のように活発で、面白い遊びを編み出しては、暗くなるまで夢中で遊んだものだった。しかし、どんな子供も天真爛漫に見えて、どこかメランコリックな部分を抱えているのかもしれない。十数年という歳月は、動物の寿命を考えてみれば充分に長く、まして人という動物にとっては何も考えずに過ごすには決して短くはない時間である。ただ、憂鬱だとかメランコリーだとかというと収まりがいいが、大方の場合は単に「暇」なのである。自分の力では住む場所も、行く場所も決められない子供にとって、目下の人生は「暇」なのである。ところが、大人達は子供というものは同じ事を繰り返して、ゆっくりと育つべきものであって、家庭において温もりと安心さえ与えていれば、満足しているものだと思っている。かのような両親の考えを子供たちは深読みすることもできず、ただなんとなく大人達が自分たちに秘め事をしているような怪しい雰囲気を感じ、それゆえに一抹の寂しささえ感じているものなのである。

 幼少期のある年の正月からだったか、あるいは新学期からだったか、ヒロはふとした瞬間に母の表情に陰りを見るようになっていた。母の自分に対する愛情が薄くなったとは感じられなかった。それに父母はときどき喧嘩のような言い合いはするものの、むしろ以前に増して夫婦仲は良さそうに見えた。ただ太陽のように明るいと思っていた母にふと陰りを感じ、いつも馬鹿な冗談ばかり言っていると思っていた父の表情にも、ふとした瞬間に切迫した真剣な眼差しを見るようになった。そんな父の表情が、ヒロはとても怖かった。はしゃぎすぎて父の音楽CDを壊してしまって怒られたときの方がよっぽど良かったと思うくらいに怖かった。だから、両親が以前にも増して仲むつまじくすればするほど、何か自分には想像のつかないような危機が迫っていて、それを自分にだけは隠しているのではないかと感じていた。

 例えばの話だが・・・いや恐ろしくて、それでいて余りに非現実的で、自分でも信じたくないのだけれども、例えば・・・宇宙からの侵略者のような存在がすぐそこまで来ていて、人類は地球を脱出しなくてはいけないとか・・・。しかし、こんな話は学校の友達には話せなかった。マンガの読み過ぎだよ、子供みたいだなって言われるのが落ちだから。

 その年の瀬も迫った頃、ヒロは両親のささいな行動にやはりうっすらとした疎外感のようなものを感じていた。ここのところ、両親はわざと不定期に行動しているが、二人だけで寝室に鍵をかけて籠もってしまうことが多くなった。夜に鍵を締めていることは珍しくはないのだけれど、その回数が微妙に多くなっただけでなく、部屋の中からはひそひそと話し声が聞こえてくる。しかも、それが半時以上も続くのだ。その会話はたしかに聞こえるのだが、はっきりと聞き取れるほどのものではない。ヒロは何度も音がしないようにそっとドアに耳を当てて中の会話を聞こうとしたが、自分の心音にかき消されて時折聞こえてくる言葉は、自分には聞き慣れないものばかりだった。ふだんの声に比べると二人の声調は低く、どこかよそよそしい感じのする会話だった。

 その日、両親はヒロを誘うことなく、二人だけで出かけていった。今までだって、両親が二人だけで出かけたことはあったけれど、それは大抵夜であったし、留守中にああしないさい、こうしてはダメよと耳に蛸ができるくらいに注意される。なのに、この日は逃げるようにそっと出かけてしまったのだ。これは決定的だと、ヒロは感じた。間違いない。間違いなく、エイリアンが攻めてくるのだ。それも映画でSIGOURNEY WEAVERという女優が戦っていた、グロテスクなだけで低能な、子供だましのエイリアンではない。じわじわと人に成り替わったりして、戦略的に侵略してくるタイプの奴らだ。いや、子供の自分になど想像がつかないくらいの大人の世界のエイリアンで、きっと大人の両親でさえ表情が曇らざる得ないほど絶望的な強敵であるに違いない。テレビドラマや映画のようにハッピーエンディングなど保証されていない、本当の闘いなのだ。そう考えると、何もかも辻褄が合ってきた。心臓が音を立てて鼓動するのを感じ、パニックに陥りそうになる気持ちをヒロは必死に制した。どうする?・・・自分には何ができる? 両親は、きっと僕が不安になるのを気遣って内緒にしていたに違いない。そして、今日は二人で闘いのための武器を買いに行った!?

 しかしヒロは簡単に身近な者を信用したりするほど、未熟ではなかった。侵略者が身近な者の姿に変身して油断させる。そんな手はテレビドラマでいやというほど見てきた。もちろん、両親のことは信じたい。あの父の苦悩に満ちた表情はきっとこの事だったのだ。あるいは、そんな父の姿を見て、自らも表情を曇らせていた母の気持ちを想像するのは難くない。しかし同時に最近の父母は、ヒロの知っている父母とはどこか違う気もしていた。そもそも、あの閉ざされた部屋での謎めいた声はなんだったのだろう。ひょっとすると、あれは宇宙人の言葉ではないだろうか。両親は、あの部屋に閉じこもり、僕が寝たと思い込んで、部屋の奥に隠してある通信機を取り出し、誰かと交信していた。そのことは、ほぼ間違いないという気がした。では、誰と? それが問題だった。相手は悪魔なのか、それとも神様なのか。どっちにしてもエイリアンだと思うのだが、できれば神様のエイリアンであってほしかった。

 ヒロは証拠をつかむために両親の寝室のドアの前に立ち、ドアノブにそっと手を伸ばした。両親が帰ってくるまでにもう余り時間がない。部屋の灯りはあえてつけることなく、ヒロは寝室の奥へと侵入した。昼間はなんども遊びに入っている部屋なのに、いつもとちょっと様子が違う感じがした。用意した懐中電灯を灯し、部屋の奥へ行くと、そこにはもう一つのドアがある。このドアの奥にはシャワールームがあるが、ヒロはこっちのシャワールームは滅多に使ったことがない。やはり大きなお風呂の方が気持ちいいから。ドアをそっと開けると、母の様々な香水の匂いが一斉に鼻腔に入ってきた。大人の世界・・・。大人の世界のエロリアン。じゃなくて、エイリアン。もう少しで違う欲望に興味を奪われそうになったヒロは頭を激しく振って、まっすぐに洗面台に向かい、その下のドアをバッと開いた。やっぱり。そこには一つの箱。ヒロは箱を手にとり、躊躇なくフタを開けた。

「ああっ!・・・」

思わず、ヒロは箱を投げ出して、飛び退いた。なぜならば、そこにあったのは、今にも動き出しそうな白い毛むくじゃらの生物だったからだ。

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