髭失格 (5) 門

「お客さん、着きましたよ。」
運転手の声で目が覚めた。
泥沼にはまって足が抜け出せないような嫌な疲労から、ついタクシーの中
で眠ってしまったのだった。
「はい、2300円ね。」
呆然としながらもズボンのポケットから財布を出し、運転手の言う金額を
払うと車から降りた。
その時運転手がこちらに笑いかけたように見えた。
ニヤリと言うほど嫌味な笑い方ではなかったが、決して二コリではなかっ
たから、気持ちのほんの一部に小さな針が刺さったような気がした。

「よう!待ってたよ!
どうしたんだよ、ボケッとしちゃってさあ。
ねえねえ、あれ、見てくれた?見てくれたよねえ。
いろんなのが出てきてさ、沖縄がどうしたとか、えーとなんだっけ、イラ
クだっけ?
くくくくく、まったく人間らしいよねえ。」

身長は私の腰くらいの高さの、まるでサルのような生き物が話しかけてきた。
しかしそれは強いて言えばサルなのであって、どう考えてもこんなものが動物図鑑に載っているとは思えない生き物であった。
頭の上についているふたつの耳は三角形をしており、頭の大きさからしてあからさまに大きすぎるのだ。
耳の先にはふさふさとした紫色の毛が生えている。
目もこれまた顔と不釣合いなほど大きく、濡れたような光りを帯びている。
体全体はオレンジ色の細かい巻き毛でびっしりと覆われているが、細長いしっ
ぽは青とオレンジの毛が交互になっていた。

その極彩色の生き物が、手足をばたつかせながら馴れ馴れしく話しかけてくるのだ。
話すたびに顔の真ん中にある小さな鼻に皺が寄ったり、伸びたりする。
その肩には、鳥なのか蛾なのか判断しにくい小さなものがとまっていて、羽を
ときおり震わせている。
触角のついた頭や胴体は蛾のそれなのだが、両脇に生えている羽はセキセイインコのような鮮やかな黄緑色をしていた。

「おっと!
ミッシイモッシイに触っちゃだめだよ。
羽に毒があるんだ。
ボクらは平気だけど人間には無理。
くくくくくっ!
くうっくくくくく!」
可笑しくてたまらない、というふうにサルふうの生き物は笑うと、笑いすぎたのか体が後ろにのけぞってしまい、戻すのに苦労している様子だった。

「ヴェイパー、おやめなさい。失礼ですよ。」
ゆっくりとした低い声が地面から湧き出るように聞こえてきた。
ゆらゆらと陽炎のようなものが、サルの後ろ側に見えた。
やがて黒い粒子がたくさん空中に浮かんだと思ったら、それが人間の形に収束
した。

青白い顔。
とがった鼻。
細い目。
黒い髪は油を使ってきっちりと固めてある。
タキシードを着込んでいるのだが、その体の幅は肩だろうが、腰だろうがどこも20センチメートルくらいしかないのだ。
身長はヒロよりもはるかに高く、2メートル50センチくらいである。
ひょろひょろに細長い、棒切れのような男だった。

「申し訳ございません。ご無礼のほどどうかお許しください。
後でよく言って聞かせますので。
これまでご覧にいれましたものは、すべて私どもの細工でございます。
本題に入る前に、ぜひご覧いただきたかったのです。」

さきほどから矢継ぎ早に県知事だの議員だのといった幻影のようなものを見て、そして次はディズニー映画をうんとインチキにしたようなの世界に遭遇しているのである。
ヒロは天を仰ぎ、つぶやいた。
「いったい、なぜ・・・?」

「当惑されるのも無理からぬ事とお察しいたします。
しかし私どもといたしましても、こうするより他に手立てがなかったことを
どうかご理解いただきたいのです。
いえ、今すぐになにもかもご理解なさるには及びません。
第一それは無謀というものでございます。
しかし。」
そういうと棒きれ男は、スッと右手を真っ直ぐに前へ伸ばすとヒロの後ろ側を
指差した。
「振り返っていただけませんか。」

「ん?」
ヒロはひょいと振り返った。
そこには巨大な門がそびえ建っていた。
壁などは一切なく、地面の上にいきなり2枚の門扉だけがあるのだ。
鋼鉄で出来ているのであろう黒光りした材質に、ゴシック建築のような細密な
レリーフ模様が施されている。
高さは5メートルくらい、横幅は10メートルくらいはあるだろう。
真っ先に目に付いたのは、門の中央に描かれた髭の彫刻であった。

「この門は万物の門と申します。
あなたにはぜひ、いえなんとしてもこの門をくぐっていただかねばなりません。」
棒切れ男はそう言うと、もとから生真面目そうな表情をさらにこわばらせた。
ヒロはもう自分は何を見ても驚かないだろう、と思った。
そこで何か聞いてみよう、という気になった。
「あなたたちは人間じゃないんでしょう?」
「はい、違います。」
「それなら何なの?」
「私どもは、髭の精霊と申します。」
「ふーん、その髭の精霊というのが何で人間の言葉をしゃべってるの?」
ヒロはなんだかつまらない質問をしてしまったような気がしたが、棒切れ男は
逆に我が意を得たり、という表情になった。

「私もヴェイパーもさきほどからまったく人間の言葉は話していませんし、そもそも知らないのです。
意思の疎通が出来るのは、私やヴェイパーが人間と同じような感覚や感情を持っているからで、それをあなたの波長と合わせることができるからです。
実はミッシイモッシイもさっきからしきりにあなたに語りかけています。
しかし彼女の感覚や感情はかなり違います。だからあなたに伝わらないのです。
彼女は私たちのお守り役として、ここへ来ています。
なにしろ私たちも人間に会うのは2年ぶりです。
前にお会いして、あの門をくぐった方のお名前は存じておりませんが、コードネームなら分かります。
GAYX0001とおっしゃいましたよ。」

「えっ・・・」
ヒロは言葉が出なかった。

「ねえねえ、早く行こうよう。
ブリクサー、ねえ早くー。」
ヴェイパーがきいきいと甲高い声を上げながら、棒切れ男の袖を引っ張った。
「さあ、こちらへどうぞ。」
ヒロは胸中にざわざわするものを感じる一方、そうかこの男の名前はブリクサーというのかなどと考え、さらにそんなことはどうでもいい気がした。

門が開いた。

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