第49話:1級をかけた戦い(前編) 

門間理良の黒帯への階段

 年末はこのような理由で昇級審査を見送った私にとって、2009年3月の受審は絶対であった。受けると決めた以上、少なくとも1月、2月は計画性をもって稽古すべきであった。

 ところが今年度の私は、本務の教科書検定関係の「ある仕事」でサブリーダーを務めていることもあって、会議の波状攻撃に遭い、なかなか忙しい日々を送っていた。

 だが、審査を受けると自分が決めた以上「忙しかったから稽古の時間が取れなかった」と言い訳にすることはできないと言い聞かせた。審査を受けない自由も我々にはあるのだから。

 結局のところ、私は12月は6回、1月は4回、2月は3回という稽古日数しか費やせなかった。もう3、4回くらいは行けたとは思うが、疲れなどを理由に道場に行かなかったこともある。弱い私…。

 このように稽古日数は確かに足りない。では、全く自信がなかったかというとそういうわけでもないのだ。その理由は次回で詳しく述べたい。

 2009年3月7日の審査当日、私は午前中に拓殖大学の大学院入試面接があり、それに出ていた。

 受けたのではない。面接担当である。私の本業は国家公務員だが、文科大臣の許可を得て、この大学で客員教授もしている。

 教員2人1組で修士課程志望の学生2人に対し、1人あたり30分の面接を行った。初めての経験ではあったが、それほど緊張することもなくできたのはよかった。もっとも、受験する学生より緊張している面接担当教員という構図は、笑い話にもならないが…。

 その後、大学院事務局が準備した昼のシューマイ弁当(崎陽軒)を食べたが時間も大分あまったので、図書館で映画のDVD(シルベスター・スタローン主演のデイライト)を見てから、総本部へと向かった。

 道すがらこれまで昇級審査を受けた回数を数えてみたら、今回で9回目である(試合審査1回を含む。)。痛いことが大嫌いな平和主義者のこの私がよくもまあこれだけ受けたもんだとも我ながらあきれるが、受けなきゃ上に上がんないのだから仕方がない。

 総本部に着いてみるとまだ15時過ぎである。こどもたちが審査の真っ最中だ。私はあまり早く道衣に着替えると無用に緊張しそうなので、2階のラウンジの隅でスーツ姿のまま居眠りをしていた。考えてみると、昇級審査を前にうつらうつらとはいえ居眠りできるようになったのだから、精神的には余裕がでてきたのかも知れない。

 途中で、黒ひよ先輩や糸井さん、所さんらが姿を見せた。黒ひよ先輩は大地先輩とともに昇段をかけていらっしゃる。

 糸井さんは昨年12月に茶帯に昇級されたのだが、今回は昇級をかけていないのに、審査に参加されるという。何でも次は5月に受けられる予定だが、それまで本気のスパーがないと5月のときに怖くなったりするかも知れないので、自らに気合いを入れる意味から本気度100%の審査への参加を志願されたという。

 私みたいに、痛いこと、怖いことはできるだけ避けて通りたい人間からは信じられない剛毅さをお持ちである。敬服するしかない。

 このような奇特な方は珍しいと思うが、松原先輩のように試合を組む立場からすれば、自由に使える駒が増えるのだからありがたい存在であろう。その観点からすると、所さんが少し憂鬱そうな緊張の表情であったのは理解できる。女性は絶対数が少ないので、今回のように女性の黒帯受審者が複数(岡先輩、黒ひよ先輩)いたりすると、色帯組の負担がどうしても増えてしまいがちだからだ。

 頃安さんもいらっしゃった。今日は息子さんも昇級審査を受けていらっしゃる由。夫婦昇段をかける者もいれば、親子昇級をかける者もいる。みな頑張ってほしい。

 15時30分を回り、徐々に人も増えてきたところで私も道衣に着替えることにした。更衣室に入ると寺崎さんもいらっしゃるではないか。たしか先月のBMC大会にも出場されて試合審査の結果1級を取られたばかりだと思っていたが、なんとほとんど間をおかずの昇段審査を受けるという。

 ビジネスマン体力指数で言えば、寺崎さんのほうが上になると思うが、それでも数値的にはそれほど離れていないので、対戦の可能性は十分にあるなと感じていた(実際、過去に対戦の経験がある。「第25話:怒涛の3級挑戦編 その2=激闘!主観的には…」を参照)。

 それから1部の稽古で時々ご一緒する吉野先輩も黒帯受審だ。先輩は小柄な方なので私と当たることはあるまいと踏んだ。

 氏家さんも着替えの最中だ。彼は青帯だから、こちらも私と当たることはないだろうと思ってふと見ると、その帯の色がめちゃくちゃ色褪せているではないか! まるで、数年は青帯を締めてきた「実力者」のようだ。聞いてみると、漂白剤といっしょに洗ったらしい…。

 こうなったら早く黄帯昇格だ!氏家さん!!

 当たるとすれば指数的にはけっこう上になるかも知れないが伊東先輩かなと、「ぼこられる」覚悟を決めた。この前、2階でのグローブスパーの折に伊東先輩にレバーへのミドルを決められて畳に這いつくばった私である。あの時の記憶が鮮烈に蘇ってきた。

 しかし、いくらぼこられたとしてもあのときと同じ手だけは食わないぞ、と密かに誓った私であった。

 また不遜と言えば不遜だが、こうなった以上、本気と本気がぶつかりあった場で、どの程度伊東先輩相手に抵抗できるか試してみようという気にもなっていた。まあ、破れかぶれの心境に近いのであるが…。

 このほかに吉祥寺支部の先輩が黒帯受審であることがわかった。そういえば、深草さんが支部の先輩が受けるので応援に行くとおっしゃっていたなと思いだしたが、それ以上の情報はなかったので、当たるかどうかはまでは思いをいたしていなかった。

 そして16時が、運命の時が近づいてきた…。