第18話:中学での武道必修化と空道の普及(後編)
さて、武道必修化が実現したと仮定して、空道(現在では大道塾だけがその体系に参加している団体)は、どのような施策を組織としてとるべきなのか。
実は、現行指導要領には武道として、柔道・剣道・相撲の3競技が列挙されており、「3.内容の取扱い」で、武道を選択した生徒はこれらのうちから1つを学ぶことが記されている。
新指導要領に、これらに加えて「空道」の二文字を付け加えられれば万々歳となるが、現段階の空道の勢力では不可能だろう。その実現のためには、松原先輩が本稿前編のコメントに寄せられたような活発なロビー活動が必要であり、これは今後の重大な課題となろう。
だが、指導要領に空道と明記されないまでも、学校によっては体育の授業に空道が採用される可能性がある。現行指導要領の「3.内容の取扱い」には同時に、「なお、地域や学校の実態に応じて、なぎなたなどその他の武道についても履修させることができること」の一文があるのだ。
これは新指導要領でも残される文言と思われるが、注目すべきは、「弓道」でも「空手」でも「合気道」でもなく、「なぎなた」がここにさらっと付け加えられていることである。
学習指導要領を遡ってみると、「なぎなた」は昭和52年度版には明記されていないが、その次に改定された平成元年度版に登場してくるのである。
おそらくこの間に、先に挙げたようなロビー活動が実を結んだ結果、学習指導要領にこの文言が盛り込まれたとも考えられる。空道・大道塾が手本にすべき事例となるかも知れない。
話をもどそう。現時点では「その他の武道」という文言の中に、空道が学校体育の中にもぐりこむ余地があるということだ。だが、理論的にはそうでも、すでに取り込まれている柔道・剣道などの有力武道を押しのけて、空道を実際の体育の武道授業に取りこむのは並大抵ではない。
中学体育における武道の採用プロセスを承知しているわけではないが、私が思いつくだけでも下記のようないくつかの関門があるのではないだろうか。
第1に、(柔道ではなく)空道の授業を行う意義を学校関係者に納得させるだけの説得力が必要。
第2に、短期間で空道のエッセンスおよび楽しさを伝えられる優れた指導者の多数育成が必要。
第3に、空道指導者と学校(関係者)や教育委員会との密接な連携の構築が必要。
第4に、指定された時間数に応じた詳細なシラバスの作成が必要。
第5に、安全性の確保(ヘッドガード、胴衣、サポーター類の整備)
などの難関をクリアしなければならない。大変であるが、悲観する必要もない。
すでに仙台第二中学校で空道が体育の武道に採り入れられているのである(大道塾東北本部HP参照)。仙台は大道塾発祥の地なので数多くの大道塾支部があり、多くの子供たちが空道を学んでいるという「地域の実態」がある。
そのような目で東京周辺を見渡すと、さしあたり少年部塾生が多い印象の八王子日野支部周辺の中学校での採用が期待できるかもしれない。
ただし、重要なことは上記のようなノウハウを支部間で共有、改良、蓄積し、地域に働きかけていく努力である。このような努力を不断に行うことで、空道が中学校体育の武道に採用されるケースが増えていく可能性はある。
また、中学校で採用されている武道だからということで、空道を稽古する場である大道塾(将来的には他の団体も参入してくるだろうが)の社会的信用度がより高まり、児童・生徒の入門者が増えることに繋がる。これは社会体育を標榜する大道塾の目指す方向とも合致するだろうし、塾生に子供が多いことは支部経営の安定にも直結する。
ほかにも、中学の体育授業で空道が採用されやすくするためには、日本各地の小学校・中学校・高校・大学に柔道部・剣道部のような感じで空道部ができてくれば、非常に都合がよいのだが、これはこれで地道な努力を要する。
結論をまとめよう。
1.学習指導要領に「空道」の単語が入れば、最高の結果。ただし、現状では非常に困難であり将来的課題となる。その実現のためにはロビー活動が重要。
2.現状では「その他の武道」の1つとして、「空道」を選択採用してもらうのが現実的施策。そのためには、各地で中学校体育への武道選択採用プロセスを研究して対応するとともに、前述のいくつかの関門を突破する努力が必要。
3.一塾生としては、体育授業での武道選択に関し保護者(あるいは地域住民)の声が有効であると判断される場合には、積極的に学校など関係機関に空道採用を提起する。
では、みなさ~ん、空道の若年層への普及に向けておじさんや、お姉さんが中学生諸君に楽しく空道やっているところを見せてあげましょう!
【追 記】
松原先輩:コメントありがとうございます。なるほど、改正教育基本法をつくった議員の皆さんの中に、赤門柔道ご出身の方が多くいらっしゃったのですか。となると、その方々としては武道=柔道という構図が頭に強固にインプットされていますし、影響力も大きそうですね。指導要領も柔道・剣道・相撲の順で記してありますが、これが力関係を表しているとも言えます。
佐藤順先輩:先日はお会いできてうれしかったです。仙台第二中学校でコノネンコ先輩が空道を教えるようになったプロセスをご存知でしたら教えてくださいませんか。この経験は他の支部でも適用できるものなのでしょうか? また、現場の先生の立場から学校体育の中で空道を普及させていくよいアイディアなどがありましたら、ご紹介ください。
佐藤和浩先輩:私もコノネンコ先輩の中学校での空道指導の話は大いに興味があります。ぜひ実現させてください。
前編に引き続き、本稿は私見であり、文部科学省としての意見を表明したものではありません。念のため。
ディスカッション
コメント一覧
佐藤順@東北本部
門馬さん、先日は大変お世話になりました。さくらでの飲み会楽しかったです。
さて仙台二中でコノネンコ先輩が空道を教えることになった経緯についてですが、私の知る範囲でお答えしたいと思います。
まずは仙台市の体育協会に空道連盟(大道塾)が正式に加入することができたことが大きいと思われます。体協加盟は既存のスポーツ団体各種の既得権確保の動きにも阻まれ、大変にハードルが高く困難なものだったようです。この体協に正式加盟したことにより、中学校での課外活動への採用の可能性が生まれました。
そんな流れのなか空道連盟の体協加盟を受けて「特色ある学校づくり」の文科省指定を受けている仙台二中が、「希望者がある一定以上集まれば」という条件で選択科目の一つとして採用することとなったようです。現在仙台二中では20名ほどの児童生徒が、空道に汗を流しているそうです。
県単位での体協加盟については現在申請中であり、これが認められると仙台市以外の宮城県内の数多くの学校で空道を授業科目の一つとして採用することが可能となってきます。
現場の教員の立場としては・・・、また後ほど詳しく書きます。
松原隆一郎
現在、文科省周辺で「武道」と言えば、「日本武道館」やその雑誌『月刊武道』(というのがあるのです)が扱っている武道、という暗黙の了解があるようです。大道塾は体協方面から攻めているのですが、競技でない武道(合気道など)も武道とされているので、武道館とお近づきになるのも良さそうですね。
shimomura
諸先輩方から今の情勢をお伺いして、いい勉強になります。
「月間武道」ってたしか古武術系が強いイメージがありますね?
確かに前編にもありますが適切なノウハウと熟達した指導員の確保は重要ですね?無理に拡張路線を取って不適切な指導を受けた場合、結果としてマイナスイメージになることも考えられますから。
なぎなたの場合、たしか武道の中で唯一首脳陣(本部役員から県単位役員)と選手がほぼ女性で独占っていう点と、試合+型という所が年齢や性別に影響されない(特に女性向けのイメージ)万人向けをアピールできるところが強みですね?
そこに食い込むのであれば空道がはどこを売りにするかを検討すべきなのかな?っと思っています。
佐藤順@東北本部
先日の続きです。
現場の教員の立場から学校体育の中で空道を普及させていくよいアイディアはないか・・・とのことですが、とっても難しい問題ですね。
柔道が柔術諸派を統合・再編し学校教育の中に入り込むことができた要因のひとつには、当身技をその体系から除外してきたからではないかと考えます。
また全空連(伝統派いわゆる寸止め空手)が高校や大学で広く普及することができたのも、直接打撃ではないということが大きいのではないかと思います。(ちなみに全空連は体協加盟団体です。)
児童生徒に武道を学習させる際に、教師が一番気を使うのは安全面です。実際にはサッカーや野球のほうがその競技人口に比例してけが人も多いのですが、直接相手を攻撃しようという意思を持ってなされた打撃技については、多くの教師や保護者が強い拒否反応を示すものと思われます。
現在の空道の少年部の試合などを見ると、指定防具の充実やルールの整備により、その安全性については問題のないところまで来ていると思います。これをアピールすることは大切なポイントとなるでしょう。
また学校教育のなかに授業として入り込むことを考えるのであれば、やはり指導者の確保、カリキュラムの作成が急務になるのではないかと思います。
空道をたしなむ教育関係者というと、松原先生、牧野先輩、小川先輩、平田先輩、などがぱっと思い浮かぶのですが、この何十倍もの人材をこれから確保していかなければなりません。空道をはじめた人間がすぐに師範になれるわけでもないので、これは時間がかかります。
手っ取り早いのは教員養成大学に空道のサークルを作ることではないかと思います。早稲田準支部のように活況を呈している大学もあります。大学時代空道を学んだ人間が、それぞれの赴任地の小中学校で空道を子供に教えられるようになれば理想的ですね。
カリキュラムについては仙台北支部の岩崎弥太郎先生を中心に打撃と寝技を分けて指導する方法についてテストマッチなどが行われています。今後も様々な支部でよりよい指導法、練習体系が練られて行くのではないかと期待しています。
門間理良
松原先輩、下村先輩
『月刊武道』は近所の区立図書館で読んだことがありますが、「なんか変な雑誌だな」との印象を受けました。
というのも、何かの大会の開会式などに招待された文部科学省の役人(スポーツ局付審議官、体育科教科調査官など)の祝辞を写真入りで詳しく書いていたりするからです。
文科省の私が言うのもなんですが、「お上とべったりだなあ」と感じたしだいです。ということで、文科省が「武道」の基準をこの雑誌に求めている(と書くのは正確性を若干欠くかもしれませんが)のもわかる気がします。
佐藤順先輩:
詳細なコメントありがとうございます。確かに教育者の中で空道が認知されるには、空道をたしなむ教育者を増やすことが重要となってきますね。
なお、話はずれますが、「寸止めだから安全か」というと、どうも大学レベルの試合となるとそうではないようです。
「故意に相手の目にパンチを当てて眼底骨折させ、試合では反則を取られながらも、相手が試合続行不可能ということで、トーナメントの歩を進めていく、という悪質な行為がまかり通っている」
と某大学空手部部長が憤慨していました。